会社案内

企業理念  会社概要  代表挨拶  沿革

企業理念

芸のある豊かな社会をつくる

弊社は日本の「食」と「ものづくり」文化を守り発展させることで、芸のある豊かな社会づくりに貢献します。

「芸がある社会」の反対は、「芸がない社会」。つまり工夫がなく、面白みのない社会です。

グローバル化・IT化により今世界は大きな変化の中にあります。

その変化に私たちは多大な恩恵を受ける一方で便利、効率を追求するあまり知らぬ間に消え失せていってしまう文化や個性があります。

「より効率的で完璧なものが正義」という価値判断軸においては芸術や文化は育ちにくいです。

とはいえ全く効率や完璧を求めなくていいかというとそうではありません。

全く時代にそぐわない方法や表現方法では自然淘汰されてしまうでしょう。

バランスをとりながら、文脈をうまくつかって、時代に合った方法で文化を守り発展させることで

ひとつひとつの文化や個性を際立たせ、海外の人も自分たちも「いいな!面白いな!」と感じられる社会づくりに貢献したい。

一筋縄ではいきませんが、白山堂が目指したい芸のある豊かな社会です。

会社概要

会社名 株式会社白山堂
( 英文名 : Hakusando Inc. )
設立 令和元年6月3日
創業 昭和21年
代表 代表取締役 坪田 直樹
事業内容 淡水魚の養殖、加工、販売
資本金 2,000,000円
電話番号 076-256-7511
通販お問い合わせ専用電話:0800-808-0397
所在地 〒920-2334
石川県白山市深瀬120番地
取引銀行 北國銀行(鶴来支店)
鶴来信用金庫(白峰支店)

代表挨拶

 

はじまして!株式会社白山堂(ハクサンドウ)の坪田直樹です。

私は「ごはんの時間」が大好きです◎

家族や気の置けない仲間と肩を並べて、ああだこうだ言いながら一緒にご飯を食べる時間。

普段の生活の中で一番幸せな時間だと感じています。

弊社はここ北陸・加賀白山よりおいしいごはんと楽しい時間をお届けします。

手掛けているのは渓流魚の養殖、そして元気いっぱいに育った魚を活かし文化と技術を吹き込んだ渓流料理です。

この渓流魚・渓流料理を通してお客様の楽しい食事の時間を演出できたら、そんな想いで活動しています。

弊社は創業70年、この地で淡水魚の養殖を軸に飲食店や土産屋のかたちで渓流料理とその食文化を伝承してきました。

三代目である私の使命は、祖父がタネをまき、意思を継いだ父が磨き上げたこの食文化を全国そして世界へ発信し、届けることです。

これからも、ひとりでも多くのお客様に「おいしかった!楽しかった!」と言っていただけるよう、社員一同ものづくりと発信に真摯に向き合ってまいります。

今後とも格別のご支援、ご愛好を賜りますようよろしくお願い申し上げます。

株式会社白山堂 代表取締役 坪田直樹

趣味:温泉、旅行、読書
好きなごはん:父がつくる岩魚のひつまぶし丼

沿革


ここでは弊社の沿革をご紹介します。

  1. 先代が家の軒先でお店を始める(戦後)戦後、戦争から帰ってきた先代一(かず)が白山の麓「深瀬」の家の軒先で雑貨商をはじめました。その頃は本なんかも売っていたので白山「堂」という名前になったそうです。
  2. 石川県初の岩魚養殖に成功(1952年頃〜)先代は実は釣りの名人で、趣味と実益を兼ねて、釣った岩魚などを山里の温泉旅館へ販売し始めたのがきっかけで、その後手探りながら岩魚の完全養殖に成功したのが1963年頃です。養魚場開始は昭和24年頃。その頃は県の水産試験場でさえ整っていなく、飼料のペレットの生産・販売するところもなかったので沢山の人が視察にきたりしていました。当店の渓流魚の生産はここから始まります。
  3. 湖畔にてレストランをはじめる(1989年頃〜)手取川ダムが完成し、湖畔に引っ越しをしました。先代が2代目純雄をラブコールして岩魚・渓流魚料理レストラン『梁山泊』を始めます。当時は県外からもたくさんのお客さんで賑わい、県外にもたくさんのファンがいるほどの盛況ぶりでした。
  4. レストラン閉店と加工品やギフト販売開始(1995年頃〜)先代の衰えのため梁山泊は惜しまれつつも7年後に閉店となりました。そこからは養魚場の立て直しに専念することになります。またこの頃より加工品・道産品の販売も手がける。
  5. 別の場所でレストラン(1999年〜2008年頃)近隣に恐竜パークなどができて、観光客が増加。近くの国道沿いに渓流料理をメインにしたドライブインを借りて、レストラン営業をはじめました。小さなお子様から大人まで気軽に楽しめる渓流料理と地元の人や県外の人からも親しまれましたが、惜しまれつつも閉店。養殖業のみを続けることになります。
  6. 加工品・ギフトの販売再開(2019年〜)東京にでていた息子がもどってきて、再び加工品やギフトの形で販売をオンラインショップ(渓流食堂)で始めることになりました。